!』に先輩パパとして出演, 「白トリュフ!」の怒鳴りと共にオープニングのみ飛び入り出演。自費で制作した「肉カレンダー」の宣伝を行った。, スペシャルウィーク企画「ナイナイとMay J.がナマ歌対決!オールナイトニッポン歌謡祭!」に出演。ナイナイに勝利した。, 番組終了に至る経緯の説明を受け「ヘビーリスナー代表」という体での乱入参加。その流れで後番組の発表まで立ち会う形となった。, 2010年に岡村が休養に入ってから、復帰まで数年かかるか、最悪「いなくなる」ことを覚悟したうえで、オールナイトニッポンを(基本的に)ひとりで守り続けてきた。岡村が約5ヵ月で復帰したのは予想外であり、それはそれで嬉しかったが、いざコンビでの体制が復活すると、今度は逆に自身のなかで、岡村が休養する以前のようなオールナイトニッポンに対しての感覚が戻らなくなってしまった。もちろん番組を続けるうちに、その感覚が甦るのを期待したが、今日に至るまでの約4年の間に叶わず、一方では番組に対して“達成感”を覚えるようになってしまった, また、番組本(後述)の制作に伴う「過去を振り返る作業」を通じて、この先も番組は続くのに、自身のなかで勝手に“カウントダウン”が始まってしまっていた, 「頑張って下さいや」(全く激励する気が無いときに無感情で発する。逆に本当に激励したい場合は、「頑張って下さいよ」と発する), 「水・カンパン・ラジオ」(災害関連の話になると必ず口にする。放送ブース内で一緒に番組を進行している放送作家の小西マサテルだけを笑わせるためによく話題にすることがある), 各局のワイドショー・ニュース番組のメインキャスターが夏季休暇に入った事を伝える際の台詞, 熱愛が発覚した女性タレントが結婚した場合の本名(採用例:「ウエンツ優子」(当時熱愛が報じられた, 2代目 / 斎藤一志(サウンドマン)(2005年10月6日 - 2006年3月30日), 3代目 / 河辺健二(サウンドマン)(2006年4月6日 - 2011年3月31日), 矢部浩之メドレー(ナインティナインの日 矢部が歌うラブソング、岡村隆史 5ヶ月ぶりに復活SPエンディング曲), 通常放送時のいわゆる怒鳴りからの開始ではなくトークから始まり、開始からおよそ4分後岡村によりタイトルコールが発された。, 中継は中継担当の東海林のり子による仕切りにより、2人が半分無視された状態で進んだ。, 中継時、東海林のり子からスタジオの岡村にシンバルを送られ、自らも大合唱に参加した。, 西川のりおがスタジオに乱入してくるのを恐れて、もし来ても入れなくていいと2人がスタッフに指示した。, 安田祥子・由紀さおり姉妹の「トルコ行進曲」に岡村「あれCD出てるの」と聞き、流れたとたん2人して大喜びした。, 当時12年半と一番長く担当しているナインティナインが担当することになった。内容は通常放送の増刊号のような番組。, 有楽町のニッポン放送本社ビル地下4階のイマジンスタジオから公開生放送で行われた。入場できるのは招待状が送られたリスナーのみであり、来場したリスナーのほとんどが当番組のハガキ職人だった。, 元ミキサーの古谷は元番組スタッフであるにも拘らずコネを使わずに一般公募から参加を試みたらしい。結果は当選漏れだったが、昔のよしみで入場できたようである。, キーステーションのニッポン放送では番組内で2度交通情報を入れており、会場内のリスナー全員で交通情報担当者の名前を叫んでいた。, コーナーとして矢部の時代だ浩之だ!年男・矢部浩之のヤベノートスペシャル!を行った。, タイトルの由来は2007年に年男になる矢部に関連しており、通常放送時のレギュラーコーナー「ヤベノート」をスペシャル番組として放送した。, 12月28日のレギュラー放送で決定した課題を矢部が12時の時報とともに行い、題目は「矢部浩之がロックを歌う」というものである。, 企画内容は、岡村もしくは矢部が過去のレギュラー放送で同じ内容に何度も触れた定番のエピソード(=鉄板トーク)のうち、リスナーからのリクエストによって選ばれたエピソードのキーワードのみがお題として随時発表され、その都度ナインティナインの2人がそのエピソードを改めて語るというもの。, 「鉄板トークリクエスト」との副題があるが、怒鳴り直後のタイトルコールはレギュラー放送同様「, (1998年末は木曜だが、2006年末、2008年2月の特番は木曜以外なので、2007年1月14日-2008年2月21日は1回分、2008年2月28日から現在は2回分カウントがずれる), (ニッポン放送の公式ページでは、2009年12月現在、前者のカウント方法(特番を含めない)になっている), 7月7日(14回(木曜1部(第1期)第1回))、木曜1部(25:00-27:00)に放送時間変更。この時、前任者である, 3月25日(241回(木曜1部(第1期)第233回(最終回)))木曜1部(第1期)としての放送は最終回。怒鳴りは、「, 5月6日(247回(木曜SUPER!第5回))、『無問題』ロケに伴い香港のホテルから生放送。, 8月26日(263回(木曜SUPER!第21回))、『ナインティナインのallnightnippon SUPER! - めちゃ²イケてるッ! - ENGEIグランドスラム - 日本No.1の達人が限界に挑戦!ナイナイNOリミット, 吉本印天然素材 - ヒューヒュー - とぶくすり - 殿様のフェロモン - ピッカピカ天然素材! 岡村は、このような面白くしようと努力する職人の気持ちに応え、事前に物まねの練習をしたり、ネタのシチュエーションや構成が適切でない場合に訂正・脚色を行ったりしている。 (2005年) "EPISODE1 真相はいまだ不明?『ビタースウィート・サンバ』の謎", p. 6ページ. 金爆・歌広場淳もレギュラーで登場!”, “人気イラストレーター・中村佑介氏と「オールナイトニッポン」のコラボ企画がスタート!”, https://www.oricon.co.jp/news/2128624/full/?utm_source=Twitter&utm_medium=social&ref_cd=tw_pic, “イラストレーター・中村佑介と『ANN』コラボで星野源、菅田将暉、山下健二郎らイラスト化”. JAPANの協力により「MY HOMETOWN」をテーマにしたリスナー参加のスマホムービーコンテストを春夏秋冬の4期(2017年10月から2018年9月まで)にわたって行うことになった[56]。, 2017年10月から2018年3月のいわゆるナイターオフ期には、オールナイトニッポン放送開始50周年を記念して、過去に起用されたオールナイトニッポン歴代パーソナリティを起用した『オールナイトニッポンPremium』を放送[57]。, 2017年11月12日は、当番組のベースにしたテレビでの特別番組『<BSフジサンデープレミアム>『熱響の時 オールナイトニッポン50年の系譜』』(21:00 - 22:55。BSフジ)を放送。過去にパーソナリティを務めた上柳昌彦[58]、久保ミツロウ、能町みね子[59]、2017年現在現役の新内眞衣(乃木坂46)が出演した[注 26]。, オールナイトニッポンが放送開始50周年を迎えるにあたって、2017年1月から2018年10月までの期間中、「50の企画」を行っている[60][61]。オールナイトニッポンの50周年記念企画は番組初期のパーソナリティが社員アナウンサー・ディレクターがかかわっていたことから、ニッポン放送のすべての社員から募集をかけ、150の企画案の中から「50の企画」が選ばれた[60][61]。, すでに、「星野源制作による50周年記念ジングル(後述)」「ALL LIVE NIPPON Vol.5」「リスナーの一般公募による50周年記念ロゴ制定」「50周年パーソナリティオーディション」「ブリトニー・スピアーズ JAPAN TOUR 2017」「開局記念日特番「ありがとう!オールナイトニッポン50周年クロニクル」」「Welcome Ariana! TOSHIBA Presents @llnightnippon.com LF+R リスナーズBEST!

ナインティナインのオールナイトニッポン』として放送。過去の上位5つの人気コーナーが復活。久しぶりの全国放送とあってコーナーへの投稿ハガキが殺到した。, 10月7日(268回(木曜com.第1回))、『ナインティナインの@llnightnippon.com』 として、半年振りに旧木曜1部(25:00-27:00)に復帰。以後放送時間の変更は無し。, 11月11日(273回(木曜com.第5回))、『無問題』の試写会との連動企画で、『岡村隆史の@llnightnippon.com』として放送。このため矢部は欠席。, 4月6日(293回(木曜com.第26回))、番組エンディングでめちゃイケメンバーが乱入。以前から『, 5月17日(350回(木曜com.第83回))、『無問題2』のロケに伴い岡村が欠席。『矢部浩之の@llnightnippon.com』として放送。, 3月27日(441回(木曜com.第174回(最終回)))、岡村がこの年の7月に公開される『, 4月3日(442回(木曜1部(第2期)第1回))、LF+Rレーベル終了に伴い、番組タイトルが4年ぶりに『ナインティナインのオールナイトニッポン』になったが、タイトルコールを「, 6月3日(500回(木曜1部(第2期)第58回))、番組開始500回突破。同時に笑福亭鶴光の11年6か月を抜いて, 9月16日(515回(木曜1部(第2期)第73回))、有楽町の新社屋スタジオから放送開始。, 12月31日-1月1日(特番回/629回)、『オールナイトニッポン40周年記念! 「ビタースウィート・サンバ」と「レモン・ツリー」は同一アルバム内、A面の4曲目と5曲目, 2014年12月19日放送「オールナイトニッポンGOLD 忘れられぬミュージックスペシャル」にて吉田尚記が発言, この企画に反感を持っていた電気グルーヴだけ参加していない(CDのクレジットと寄せ書きには電気グルーヴの名も入っている)。, 出典・1973年6月と7月の東奥日報・RABラジオ欄から(五所川原市立図書館にて閲覧)。. ]では福山雅治が『福山雅治のオールナイトニッポンサタデースペシャル・魂のラジオ』で「12時!」と言っており、また、岡村が2005年12月18日に『笑福亭鶴瓶 日曜日のそれ』にゲスト出演した際、鶴瓶とのトークの最中に時報が入り「5時!」と叫んでいる。この日の放送は通常より30分長い拡大版で放送されオールナイトを聞いているヘビーリスナーにしか分からないネタを披露した。, 点取り占いと同じだが、エンディング前にナインティナインの2人が前回の放送から1週間の間におきたニュースや出来事をとりあげ、岡村が話題を提供し矢部が聞き手となるという形をとっている。話題に対しての2人が率直な感想を語り、特に話を引っ張るわけでもなくスカして終わる(岡村不在時は矢部が独自で話題を提供している)。, 3時の放送終了前、最後のジングル明けで協賛スポンサーと協力スポンサーの読み上げがなされ(第1期では矢部が、第2期では岡村ANNに引き続いて岡村が全てを担当)、コーナー「僕の点取り占い」の採用者はここで同時に発表されていた。その後、終了までの短い時間でエンディングトークに入る。, 番組を締める時(正確には2時58分00秒前後)に矢部が「わーわー言うとります」、岡村が「お時間です」、最後に2人で「さようなら」と漫才の締めに言う台詞を言ってフェードアウトとなる。これは、「番組が静かに終わってしまうのが寂しい」というリスナーのハガキをきっかけとして定番化した締め台詞である。この締め台詞が初めて登場したのは2部時代の1994年5月23日であるが、当初は岡村が1人で全ての台詞を言っていた。現在の掛け合いパターンになったのはそれから2週間後の6月6日である。なお、どちらか1人で放送を行う場合は当日の担当者が言うことになっており、岡村不在時には矢部が、岡村ANNとしての放送期間中は岡村が全て発していた。, その後はBGMの曲が流れ続け、ニッポン放送など「オールナイトニッポン0(ZERO)」を続けて放送する局では、3時の時報前に「ナインティナインのオールナイトニッポン」とタイトルコールが入る(CMアイキャッチと共通の音声)。かつてはタイトルコールの前に「ニッポン放送」の文言を付けていたが、これはキー局がニッポン放送であることを知らせるものでもあった。一部ネット局(「オールナイトニッポン0(ZERO)」非ネット局など)では、局名告知もしくはCMのため2時59分頃にフェードアウトして終了する。このため、トークが3時間際まで続いた場合、ネット局では強制終了する形となっていた。近年[いつ? 2-3』をわずか3ヶ月で打ち切って自社制作枠に戻したため、NRN系の番組が表裏となるのは月 - 木曜の25時台となった。2020年3月をもって25時台の放送も取りやめ、同年4月より本番組と被る2時間は自社制作番組を編成している。, 京阪神地区で本番組をネットしていたのは、長らくラジオ大阪(以下、OBC)とKBS京都(以下、KBS)であったが、2001年4月から3年にわたり独立局のAM KOBE(以下、AMK、現在のCRK・ラジオ関西)でも『SUPER!』→『いいネ!』がネットされた。それまでは自社製作の深夜ワイド番組『神戸アコースティックストーリー』を放送していたが、ニッポン放送からの番販購入の形でこの番組を同時ネット受けすることになった。また、2007年4月からは変則的に『エバーグリーン』の飛び乗りネットを開始し、10月以降は27時からのフルネットに枠拡大、その後継枠である『くり万太郎のオールナイトニッポンR』『オールナイトニッポン0(ZERO)』もネットを継続している。CRKは全国のラジオ局の中で25時 - 28時台をTBS『JUNK』→LF『オールナイトニッポン0(ZERO)』の順で編成している唯一の局である。また、『オールナイトニッポン(1部)』をネットしないが『オールナイトニッポン0(ZERO)』はネットする唯一の局でもある。, 2009年7月、京阪神地区で長年22時台に独自の夜ワイド番組『ABCミュージックパラダイス』を製作していた朝日放送(以下、ABC、現在の朝日放送ラジオ)は、月曜 - 木曜の自社製作を打ち切り、ニッポン放送の『銀河に吠えろ!宇宙GメンTAKUYA』をネットすることになった。この枠は2009年11月に『オールナイトニッポンGOLD』に移行したため、在阪局ではOBCに次いで、ABCでも本番組シリーズがネットされることになった。ただし、当該時間帯におけるABCのニッポン放送からのネット受け開始を受けて、CRKとKBSは『TAKUYA』の途中の2009年10月改編で当該時間帯のネット受けを撤退し、KBSは金曜を除いて文化放送の裏番組『レコメン!』を全編ネット、CRKは当該時間帯の自社制作を再開[129] している。また、2010年4月からは『サタデースペシャル』枠の『魂のラジオ』もABCラジオでネット開始され、その後継枠である『大倉くんと高橋くん』も引き続きネットを継続している。, 2013年10月からは『中島みゆきのオールナイトニッポン月イチ』を、大阪のFM局FM COCOLO[注 105] がネットすることとなり[130]、本番組の歴史上、初めてFM局でネットされることとなった。さらに2014年4月改編からは『オールナイトニッポンGOLD』のABCのネット終了を受ける形で、FM COCOLOでネットすることとなった(金曜を除く。2015年10月からの『オールナイトニッポン MUSIC10』も引き続きネット)[131]。, この結果、2019年10月時点で京阪神地区においては、『MUSIC10』はFM COCOLO、1部はOBCとKBS、27・28時台はCRK(土曜0を除く)とKBS、『サタデースペシャル』はABCとKBSというように、番組ごとにネット局が変わる事態となった。, KBSは1978年4月に開始しているが、ネット開始する以前(1976年7月当時)は『日本列島ズバリリクエスト』(23:00 - 26:00)と『ミュージック・オン・ステージ』(26:00 - 29:00 木曜 - 土曜は別番組の関係で時差開始)を放送していた。, 土曜 23:30 - 25:00の『サタデースペシャル』枠(『魂のラジオ』→『大倉くんと高橋くん』)はもともとの『ドリアン助川の正義のラジオ!ジャンベルジャン!』がオールナイトニッポン枠でなかったことも影響しさらにネット局事情が複雑化している。, 北海道では、以前は25:00 - 29:00枠と同様STVラジオがネットしていたが、2002年3月に打ち切ったため、1年半のブランクを置いて、2003年10月より競合局の北海道放送(HBC)でネットしている。福岡県でも同様に、22:00 - 23:00枠、25:00 - 29:00枠(月イチも含む)は全て九州朝日放送(KBC)で流れているにもかかわらず、『サタデースペシャル』枠だけはRKB毎日放送がネットするという現象が起きている。特に、RKBラジオはNRNには加盟していないため、CBC同様特殊なケースとなっている。東海地区では、『ジャンベルジャン』枠を引き継いだ東海ラジオが『魂のラジオ』放送開始時からネット、2010年4月からは上記の通りABCでもネットを開始しているなど、特に都市圏における『サタデースペシャル』枠は1部のネット局とは異なっている状況である。, 12月25日 1:00(新聞上は12月24日の放送欄)からの本番組は『オールナイトニッポン ラジオ・チャリティー・ミュージックソン』として放送される(ラジオ・チャリティー・ミュージックソンの一環)。以前は、ニッポン放送は関東ローカル独自の放送のため放送されず、裏送りのみされたが、2007年度以降は、ニッポン放送発の番組をミュージックソン非参加局を含む各ネット局がネットしている。通常の内容を休止してその年のニッポン放送のパーソナリティーが務める場合と通常の「1部」パーソナリティーの内容で放送し、その年のニッポン放送のパーソナリティーなどをゲストで迎える場合の二通りがある。一方、独自で『ラジオ・チャリティー・ミュージックソン』の企画番組を放送する中国放送などのネット局は、この日に限りネットは割愛し、1部の協賛社は企画番組のスポンサーとしてCMのみネットする代替対応を取るが、年によってはニッポン放送発の番組を受ける場合もある。また2017年までは24日 22:00 - 24:00もミュージックソンの一環で『オールナイトニッポン MUSIC10(オールナイトニッポンGOLD)』を送るが、こちらはニッポン放送+ミュージックソン非参加局のみで放送する。ただし隣県でミュージックソンを展開する局がある場合は、別パーソナリティの特別版を送る場合があった(茨城、大阪、山口など)。2018年以降はニッポン放送では『MUSIC10(GOLD)』の時間も関東ローカルの内容を放送し別パーソナリティの特別版を非参加局に裏送りしている。, ワールド・ベースボール・クラシックやFIFAワールドカップなど、日本時間の深夜に日本あるいは海外で行なわれる野球・サッカー中継をニッポン放送が中継・ネットする当日に、本番組の放送と重なる場合は、本番組を放送せず、裏送りのみを行なう。その際、放送される試合によっては放送権の関係でradikoでの放送はできないため、フィラー音楽とその間にニッポン放送のアナウンサーによる「放送権の都合によりradikoでの放送は行ないません。地上波でお聴きください」という説明が放送される。また、NRN系の多くの局も試合の中継を優先するため、本番組は放送されない(場合によっては飛び乗り)。そのため、場合によってはネット受けがラジオ大阪とCBCの2局のみの時もある(中京広域圏では東海ラジオ、関西広域圏はABCでサッカー中継をネットすることが多いため)。, 放送時間以前に自然災害(地震・台風・大雨・風水害)が発生した場合でも、基本的には一部の例外[注 106]を除き本番組のシリーズを通常通り放送することが多いが、その自然災害の被災地ではその日の放送は割愛と言う形になる場合もある(例として、2016年の熊本地震時においての熊本をはじめとする九州の一部地域が該当)。, 【月】森山良子【火】鈴木杏樹【第1・第3水】名取裕子【第2水】森高千里【第4水】岸谷香【第5水】スペシャルパーソナリティー【木】渡辺満里奈, 【第1金】古舘伊知郎【第2金】吉田拓郎【第4金】松任谷由実【第3・5金】週替わり【金(毎月1回)】ラブライブ!シリーズ, 【月】菅田将暉【火】星野源【水】乃木坂46【木】ナインティナイン【金】三四郎【土】オードリー, 【月】ファーストサマーウイカ【火】Creepy Nuts【水】佐久間宣行【木】水溜りボンド【金】霜降り明星【第1土】AKI【第2-第5土】週替わり, 2020年4月以降、第5水曜日がある月の場合、当該日はスペシャルパーソナリティが担当, その時の放送中のスタジオの様子について、1968年に入社し、後に泉谷しげる、あのねのね、笑福亭鶴光のオールナイトニッポンのディレクターとして名をはせる鈴木隆は「(有楽町の旧社屋の)第5スタジオというのが4階にあって、そこで『オールナイト』をやっていたんだけど、とにかく静かでしたよ。なぜかというと、ディレクターが一人しかいない。ミキサーも兼ねているわけですから。構成作家もいないし、しゃべり手が自分でハガキを選んで曲を決める。基本的にそれだけだし、ちょっと、仕掛けを考えるのも本人ですし。それが第一次黄金時代のパターンですよ。だから、ディレクターにも責任があるし、緊張感ありますよね。僕らが夜中に通ってもスタジオには入れなかったんですもん。外から覗いて『やってるな』という印象は強烈にありましたね」と語っている。, この曲の歌詞の一節に「酔っ払らい運転」というフレーズがあり、飲酒運転を撲滅する立場の自動車メーカーがスポンサーの番組で流すには相応しくないことも理由に挙げられる。なお、日産は途中でスポンサーから降板している。, 初代のパーソナリティの1人である斉藤安弘は「多岐にわたる選曲で、音楽の世界になじんだ人がいっぱいいた。, これについては亀淵自身が「くだらないことがいくらでもできた。テレビと違ってスターが“化粧”をしないラジオで、普段の声を伝えたかった」と、当時このような放送をした意図について語っている, 上柳は1983年4月-86年3月まで月曜2部を担当。久保と能町は2012年4月-2013年3月まで火曜ZERO、2013年4月-2014年3月まで火曜1部、2015年4月-9月まで木曜GOLDを担当。新内は2016年4月から水曜ZEROを担当中。, 当初は上柳昌彦が新内と共にパーソナリティを担当する予定だったが、上柳が喉の不調により出演を辞退したため垣花正が代役を務めた。それに伴ってタイトルも一部変更された。, A0は1977年7月(当時「第2部」)終了。0Sは2001年3月(当時「土曜R」)終了。, 10は2001年10月(当時「SUPER」)開始。金曜のみ23:00飛び乗り(2012年10月 - 2013年3月の間はフルネット)。, 0Sは2005年4月(当時「土曜R」)から4:00まで。1970年代にA0(当時「第2部」)を放送していた(終了時期不明)。, 10は2013年4月2日(当時「GOLD」)開始。火 - 金曜のみ放送で、23:50まで(開始 - 2016年3月の金曜は23:30まで)。, A0は2013年4月1日開始。1970年代にもA0・0S(当時「第2部」)を放送していた(終了時期不明)。, 10は2000年1月(当時「SUPER」)開始。2011年9月(当時「GOLD」)終了。, 10は2009年11月(当時「GOLD」)開始。ニッポン放送のANNシリーズ以外平日22時台は2004年9月27日からネット開始されている。月 - 木曜のみネット。金曜は2020年9月25日終了。, 0Sは1995年4月(当時「第2部」)開始。2005年4月(当時「土曜R」)から4:00まで。2015年3月終了。, ただし、1980年3月31日 - 1983年3月31日はANをネットしていた事がある。その後1991年4月にネット再開した。, 10は2000年10月 - 2004年3月(当時「SUPER及びいいネ!」)放送。ニッポン放送のANNシリーズ以外平日22時台のネットは2008年3月27日まで。, 0Sは2003年3月(当時「土曜R」)終了。1970年代にA0(当時「第2部」)を放送していた(終了時期不明)。, SSは2000年3月の放送開始から。また、ネット開始の時の放送枠は22時枠(当時「SUPER」)。, A0は1972年10月 - 1974年8月(当時「第2部」)放送。2009年4月 - 2010年3月(当時「くり万太郎R・金曜R」)を4:00まで放送。, A0・0Sは1976年6月開始、1993年9月終了(当時「第2部」)。2020年3月30日よりA0のネット開始。, 10は1999年10月(当時「SUPER!」)開始で、2000年11月 - 2004年3月にかけては火 - 金曜のみネット。, A0は2020年9月28日開始。1970年10月 - 1974年6月の2部制導入までは放送終了まで放送。以降は平日の第1部終了で飛び降りだった。, 0Sは2005年4月(当時「土曜R」)から4:00まで。2012年3月に打ち切り後に2014年4月再開、2015年3月に再度打ち切り。, 10は2000年4月 - 2004年3月(当時「SUPER」および「いいネ!」)放送。ニッポン放送のANNシリーズ以外平日 22時台のネットは2005年3月まで。, 10は2002年4月(当時「SUPER」)開始。月 - 木曜のみネット(2015年10月 - 2020年9月は23:50まで)。金曜は2018年3月終了。, 10は1999年10月 - 2004年3月(当時「SUPER及びいいネ!」)放送。ニッポン放送のANNシリーズ以外平日22時台のネットは2008年12月まで。, 10は2009年11開始、ニッポン放送のANNシリーズ以外平日22時台は同年7月からネット開始されていた。月 - 木曜のみ。2014年3月終了(当時「GOLD」)。, 10は2000年1月 - 2004年3月(当時「SUPER及びいいネ!」)放送。ニッポン放送のANNシリーズ以外平日 22時台のネットは2007年3月まで。2010年4月(当時「GOLD」)再開。, 10は2001年4月 - 2004年3月(当時は「SUPER及びいいネ!」)放送。ニッポン放送のANNシリーズ以外平日22時台のネットは2009年9月まで。, A0は2007年4月(当時「エバーグリーン」)から月 - 木曜のネット開始(2007年9月までは4:00飛び乗り)、金曜は2012年10月からネット開始。, 10は2001年4月(当時「SUPER」)開始。2010年3月(当時「GOLD」)終了。, 10は2000年10月 - 2004年3月(当時「SUPER及びいいネ!」)放送。ニッポン放送のANNシリーズ以外平日22時台のネットは2004年7月まで。, 0Sは1990年4月(当時「第2部」)開始。2005年4月 - 2013年3月(当時「土曜R」)は4:00まで。, 10は2000年10月 - 2004年3月(当時「SUPER及びいいネ!」)まで放送。, A0は1998年10月(当時「R」)開始。2004年4月(当時「エバーグリーン」・「金曜R」) - 2020年9月25日の間は4時までの放送。なお、2013年4月 - 2015年9月は金曜のみフルネット。, 10は2001年10月(当時「SUPER」)開始。2010年9月(当時「GOLD」)終了。, A0は1995年9月(当時「第2部」)に一時終了したのち、1998年10月(当時「R」)再開。2004年4月(当時「エバーグリーン」・「金曜R」) - 2013年3月は4:00まで。, 10は1999年10月 - 2004年3月(当時「SUPER及びいいネ!」)放送。ニッポン放送のANNシリーズ以外平日22時台のネットは2008年3月まで。2010年10月(当時は「GOLD」)再開。, 0Sは長崎エリアは2005年4月 - 2014年3月、佐賀エリアは2005年4月 - 2013年3月(当時「土曜R」)は4:00まで。, 10は2000年1月 - 2004年3月(当時「SUPER及びいいネ!」)放送。ニッポン放送のANNシリーズ以外平日 22時台のネットは2009年10月2日まで。, A0は2010年4月(当時「くり万太郎R・金曜R」)開始で4:00まで。2015年3月終了。1970年代にA0(当時「第2部」)を放送していた(終了時期不明)。, 0Sは2009年10月(当時「土曜R」)開始。2009年10月 - 2019年9月は4:00まで。, 0Sは1988年10月(当時「第2部」)開始。2005年4月(当時「土曜R」)から4:00まで。, 2017年4月まで土曜はRを27時台のみ放送。2003年3月までは27:00 - 29:00に放送。2009年4月 - 2010年3月は平日にRを28:00までネットしていた, ニッポン放送の他の番組ではアシスタントやアナウンサーが読み上げを担当し、パーソナリティは読まない。, 現・フジサンケイエージェンシー。現在は保険代理店とイベント関連のみで、制作事業からは手を引いている, パック・イン・ミュージック 昭和が生んだラジオ深夜放送革命、113ページ-114ページ。, 糸居五郎は「新しい時代の夜」、また「エバーグリーン」当時の斉藤安弘は「フレッシュな夜明け」と言っていた。このように、パーソナリティによっては部分的にアレンジして使うこともあった。, パック・イン・ミュージック 昭和が生んだラジオ深夜放送革命、108ページ-109ページ。, パック・イン・ミュージック 昭和が生んだラジオ深夜放送革命、109ページ-110ページ。, 上記、オールナイト初期のオープニングキャッチである「君が踊り僕が歌うとき・・・」の口上はタレントパーソナリティ投入後にはほとんど使用されなくなり、かろうじて笑福亭鶴光とあのねのねだけがパロディ化し原型を大きく崩す形で継続した。ただし、1985年の鶴光ANNの最終回の際はパロディにせず、ほぼオリジナルそのままに読み上げた。一方で同じオールナイト初期の代名詞である「ビバヤング」のキャッチは比較的長く生き残り、タレント導入後もジングルや提供読みのときにそのフレーズを聴くことができたが、1980年代後半にはほぼ使われることはなくなった。.

- 笑っていいとも!特大号 - LOVE LOVE2000 - 24時間テレビ 「愛は地球を救う」(2000年) - FNS年末スペシャル フジテレビにしか出来ない20世紀の黄金バラエティ大全集!