家系 祖父:四代目中村時蔵、父:五代目中村時蔵、弟:初代中村萬太郎、 叔父:二代目中村錦之助、従兄弟:初代中村隼人 『たたら侍』では刀匠・宗義に扮し、 きょう4月23日は、中村嘉葎雄(なかむら かつお)さんの誕生日です。1938年生まれの82歳になりました。おめでとうございます。東京市赤坂区(現・東京都港区)南青山にて、歌舞伎俳優三世中村時蔵、ひな夫妻の五男(第九子)として生まれる。小・中・高ともに暁星に学ぶ。

中村梅枝 本名:小川・義晴(おがわ・よしはる) 生年月日 1987年11月22日 33歳.

©Copyright 2020 Carat Woman. また、中村嘉葎雄(77)は「久しぶりに山本周五郎作品に呼んでいただけてうれしい」と笑顔。 高橋に「赤ちゃんの次に自由」と称賛?された笹野高史(67)は 「髪の毛がふさふさの役。何よりうれしいのが髪の毛が頬に当たる感触」と笑わせていた。 初代中村獅童さん。 その後、銀行員を経て、「東映」のプロデューサーとして、弟の萬屋さんと中村嘉葎雄さんをバックアップされたそうです。(2008年、79歳で胃ガンのため他界されています) 弟は俳優の中村嘉葎雄 2019.01.19『闇の歯車』(2019:山下智彦)、  『沈黙 サイレンス』では棄教したフェレイラ(リーアム・ニーソン)が仏教の教えを学んでいるお寺の住職に扮し、 です。 2017.01.21『沈黙 サイレンス』(2017:マーティン・スコセッシ)、 2017.05.20『たたら侍』(2017:錦織良成)、 また、中村嘉葎雄(77)は「久しぶりに山本周五郎作品に呼んでいただけてうれしい」と笑顔。 高橋に「赤ちゃんの次に自由」と称賛?された笹野高史(67)は 「髪の毛がふさふさの役。何よりうれしいのが髪の毛が頬に当たる感触」と笑わせていた。 中村時蔵_ (4代目)さんがもしご存命だったら、今、何歳になっているでしょう。1927年生まれ、没後58年経過しています。 映画や舞台、テレビドラマにと幅広く活躍している中村嘉葎雄さん。歌舞伎一家出身で、中村獅童さんの叔父でもあります。中村嘉葎雄さんはどのように役者人生を送ってきたのでしょうか?結婚や子ども、家系図などもふくめ中村嘉葎雄さんの現在や出演作品などもまとめてみました。, 長い芸歴を持ち、主役としても脇役としても存在感のある中村嘉葎雄さんは、老若男女問わず多くのファンがいます。, そんな中村嘉葎雄さんとはどういう経歴の持ち主なのでしょう?現在出演されているドラマや映画作品にはどのようなものがあるのでしょうか?, 中村嘉葎雄さんは5歳で初舞台を踏んでいます。歌舞伎の世界では、まだ幼いうちから初舞台を踏ませるというのが、昔も今も変わらないようですね。, そして、現在の年齢は81歳。なんと芸歴76年ということになります。中村嘉葎雄さんはこんなに長い芸歴を持ち、今も現役バリバリで活躍されているという、日本でも数少ない役者さんなのです。, 歌舞伎一家に生まれ育ち、早くから役者としての道を歩み始めた中村嘉葎雄さんですが、80歳を過ぎた現在でもなお、元気に俳優として活躍し続けています。, 歌舞伎座で初舞台を踏んだ後、若い頃に松竹、東映と渡り歩き、現在ではフリーとなって活動中です。, 中村嘉葎雄さんは、2015年公開の映画「駈込み女と駆出し男」(井上ひさし原案、原田眞人監督)でも風の金兵衛 役で出演しています。, この映画は2015年5月16日、17日の初日2日間で観客動員12万8,235人となり、映画観客動員ランキング初登場で第3位となるほど好評でした。, また、2017年5月公開の映画「たたら侍」はEXILEのHIROさんがエグゼクティブプロデューサーを務める作品で、主演は青柳翔さん。中村嘉葎雄さんは宗義役を演じています。, 中村嘉葎雄さんは2018年4月より放送の、NHK BSプレミアム時代劇「鳴門秘帖」(吉川英治原作)にも出演。主演の法月弦之丞役は山本耕史さん、中村嘉葎雄さんは弦之丞の許嫁千絵の父、甲賀世阿弥役です。, 2019年1月19日公開のj時代劇サスペンス映画「闇の歯車」(藤沢周平作、山下智彦監督)の中では、中村嘉葎雄さんは居酒屋の亭主繁蔵役で出演。名脇役ぶりを見せてくれています。, 中村嘉葎雄さんは趣味で陶芸をされています。しかし、その腕前はなかなかのもののようで、中村嘉葎雄さんの器のファンの方々がブログなどでコメントされています。, 2007年4月には京都高島屋6階美術画廊に於いて「なんじゃコレ 中村嘉葎雄の器展」を開催。期間は18日~24日の一週間で、展示販売もありました。, 中村嘉葎雄さんの現在の画像はネット上でもいろいろありますが、こんな素敵な画像を見つけました。2011年のカタログ画像ですので、少し現在より若いですが素敵な笑顔です。, また高橋克典さんのオフィシャルブログにも「77歳 大俳優のごおでねぇと」と題して、中村嘉葎雄さんの素敵な写真を紹介されています。, <そのURLはこちら>https://ameblo.jp/takahashi-katsunori/entry-12140090006.html 中村嘉葎雄さんは役者だけではなく、モデルもされていたのですね。, 中村嘉葎雄さんは結婚しているのでしょうか?また、現在子どもはいるのでしょうか?家系図を見ても妻子の記載はありません。中村嘉葎雄さんのプライベートな部分を調べてみました。, 中村嘉葎雄さんは歌舞伎の名門の生まれで兄弟も多く、その子どもたちもそれぞれ歌舞伎の道を進んでいるようですが、中村嘉葎雄さんは結婚をしていたのでしょうか?それともずっと独身だったのでしょうか?, 実は中村嘉葎雄さんは結婚していました。しかし、結婚生活は長くは続かず、早くに離婚し現在は独身です。, 中村嘉葎雄さんは1976年5月に女優の柴田恒子さんと結婚をしています。柴田恒子さんは1958年の映画「明日をつくる少女」に初出演した、駆出しの女優さんでした。, 同じ頃中村嘉葎雄さんは松竹から東映へ移り、映画「殿さま弥次喜多シリーズ」で兄の中村錦之介(後の萬屋錦之介)さんと共演し、映画界に売り出しているまっただ中でした。, 同じ映画界で、売り出しはじめたお二人が、惹かれあったのも不思議はなかったのかもしれません。中村嘉葎雄さんが1964年に東映を退社しフリーになってからもお二人の交際は続き、1976年に結婚に至りました。, しかし結婚5年で破局に。離婚の理由ははっきり明かされてはいませんが、協議離婚とのことです。, 中村嘉葎雄さんは歌舞伎界の名門のお生まれですので、奥様にとってはそんな歌舞伎界のしきたりなどが重荷だったのではないかとも取沙汰されてはいますが、それも定かではありません。, 中村嘉葎雄さんは離婚会見で奥様に「今でも愛している」とメッセージを送っています。そんなことから考えてみても、嫌で別れたわけではないことは確かのようです。, 81歳になられた現在に至るまでに、中村嘉葎雄さんに再婚や復縁などの話はありませんでした。ずっと独身を通して来られたのですね。, では、お二人にお子さんはいらっしゃるのでしょうか?結婚生活は5年間でしたが、どうやら子どもはできなかったようです。そんなことも離婚につながる要因のひとつだったのかもしれません。, 中村嘉葎雄さんの家族は、知る人ぞ知る歌舞伎界きっての名門と言えるでしょう。親兄弟はもちろんのこと、親族も皆有名な歌舞伎役者や俳優ばかりです。, 中村嘉葎雄さんの家系図を見ても、そのことが一目瞭然と言えるでしょう。こちらの図は「歌舞伎役者系図」ですので、歌舞伎役者となっている方のみ名前が連なっていますが、中村嘉葎雄さんは10人兄弟の5男です。, 中村嘉葎雄さんの父親は、三代目中村時蔵(本名は小川米吉郎)さんです。時蔵さんのは俳名は獅童といい、中村嘉葎雄さんの兄である初代中村獅童さんはこの名をもらったようです。, 三代目中村時蔵さんの兄は初代中村吉衛門さんで、主に女形を演じることの多かった時蔵さんは兄の相方を多く務めました。また、晩年には萬屋錦之介さんの映画にも何度か出演していたようです。, 時蔵さんは陽気で賑やかなことが好きだったようです。歌舞伎俳優の中では随一子宝に恵まれた人でした。, ひなさんが20歳の頃、中村嘉葎雄さんの父親である三代目中村時蔵さんと結婚。男女5人ずつ、合わせて10人の子どもを育て上げています。, 小川ひなさんは、1959年に夫である時蔵さんが亡くなった後、一門をまとめあげ、支えてきた陰の立役者とも言われています。1994年89歳で亡くなっています。, 家系図で見ると、中村嘉葎雄さんは10人兄弟の五男坊。長男は二代目中村歌昇さん、二男は四代目中村時蔵さん、そして三男は初代中村獅童さんと、兄弟も皆歌舞伎役者です。, 現在は年齢的にも亡くなったり、引退したりされていますが、それぞれの子どもたちも歌舞伎役者となっています。, そして中村嘉葎雄さんのすぐ上の兄となる四男が、中村錦之介さん。後の萬屋錦之介さんです。萬屋錦之介さんは歌舞伎役者としてデビューしましたが、後に映画界に転じ一躍人気スターとなった人です。, 中村嘉葎雄さんはこの兄である萬屋錦之介さんの影響を大きく受け、共に映画俳優として名を連ねたりもしました。また、常にこの兄と比較され続けたため、自身の俳優としての生き方にも影響を及ぼしたようです。, 中村嘉葎雄さんの父である中村時蔵さんの弟(叔父)が、十七代目中村勘三郎さんです。中村勘三郎さんは立役(男役)・女形をともにこなす名優でした。, その息子の十八代中村勘三郎さんはというと、歌舞伎界の革命児と言われた五代目中村勘九郎さんであり、そして六代目中村勘九郎さんや中村七之助さんは、この十七代中村勘三郎さんの孫にあたります。, また、兄の初代中村獅童さんの息子となる二代目中村獅童さんは、中村嘉葎雄さんの甥になります。この甥である中村獅童さんも歌舞伎だけでなく映画やドラマに活躍されていますね。, 家系図では初代中村吉衛門さんは、中村嘉葎雄さんの父である中村時蔵さんの兄であり、中村嘉葎雄さんの伯父にあたります。, テレビ時代劇「鬼平犯科帳」でよく知られた二代目中村吉衛門さんは、初代中村吉衛門さんの娘の子ども、つまり孫にあたるわけですが、実際には養子となっています。, 実は初代中村吉衛門さんには一人娘しかなく、その娘を嫁がせる時、八代目松本幸四郎さんと「男子が二人生まれたなら、一人は中村吉衛門を継がせる」という取り決めをしたようです。, そのため中村嘉葎雄さんと二代目中村吉衛門さんとは、戸籍上従兄弟という間柄になります。, 歌舞伎の世界で生まれ育ち、5歳で舞台デビューをした中村嘉葎雄さんですが、現在は映画やテレビドラマなどでその円熟味を帯びた演技が注目を浴び、若い人のファンも多くいます。, 中村嘉葎雄さんは東京市赤坂区(現在の東京都港区)南青山出身、暁星高等学校を卒業しています。, 暁星高等学校は1948年に発足し、現在は幼小中高一貫教育を行っている、フランス系カトリック校の一つです。, 中村嘉葎雄さんの若い頃の画像はいろいろあります。若い頃は歌舞伎や時代劇スタイルですが、東映大泉撮影所に移ってからは、現代劇に出演することが多かったので、その頃の若ものらしい画像となっています。. 東京府東京市麻布区(現・東京都港区六本木7丁目)のご出身、, ちなみに、本名は「小川 錦一(おがわ きんいち)」で、旧芸名は「小川矜一郎(おがわ きんいちろう)」「中村錦之助(なかむら きんのすけ)」、愛称は錦ちゃん(きんちゃん)です。, 萬屋さんは、10人兄弟(5男5女)の4男として誕生しているのですが、歌舞伎役者(お父さんが三代目中村時蔵さん)の家だったため、男兄弟は全員、有名人です。, まず、長兄は、二代目中村歌昇(なかむら かしょう)さんで、三代目中村種太郎として、1936年に初舞台を踏まれると、その後、元禄歌舞伎の復活上演などを精力的に行われていたのですが、幼少期から体が弱く、時期は不明ですが、持病の悪化で歌舞伎役者を引退。, その後は、本名の小川貴智雄(おがわ きちお)として、シナリオ作家(脚本家)や監督に転身。また、当時まだ草創期だったテレビ制作に携わっておられたのですが、1973年、48歳の若さで他界されています。, 次兄は、四代目中村時蔵さんで、二代目中村梅枝として、1936年に初舞台を踏まれると、お兄さんの中村歌昇さんが病のため、早くに歌舞伎役者を引退されたため、1960年、お父さんの死後、お父さんの後継者として、四代目中村時蔵を襲名。, 清楚な芸を身につけた美貌の女形として活躍し、叔父の十七代目中村勘三郎さんが専属の相方に起用するほど、将来を有望視されていたのですが、人気が急上昇するとともに、舞台出演が急増すると、, 休みがない公演が続いたことで、疲労がたまり、睡眠薬への依存が増し、1962年、34歳という若さで睡眠薬事故のため急死されたそうです。, 三兄は、初代中村獅童(なかむら しどう)さんで、他の兄弟とともに歌舞伎役者として活動されていたのですが、先輩役者から弟の芸をなじられたことに怒り、被っていたかつらを投げつけ、歌舞伎役者をやめてしまったそうで、, その後、銀行員を経て、「東映」のプロデューサーとして、弟の萬屋さんと中村嘉葎雄さんをバックアップされたそうです。(2008年、79歳で胃ガンのため他界されています), そして、唯一の弟は、中村嘉葎雄(なかむら かつお)さんで、中村賀津雄として、1943年に初舞台を踏まれると、高校2年生の時には、すでに新進スターとして売り出されていた兄の萬屋さんに続いて映画界に入り、, 1955年、松竹映画「振袖剣法」で映画デビューされると、時代劇だけではなく、木下惠介監督作品の「太陽とバラ」(1956)「喜びも悲しみも幾歳月」(1957)、家城巳代治監督の独立プロ作品「異母兄弟」(1957)など現代劇にも出演し、派手さはないものの、ナイーブな演技が注目されます。, そして、1958年には「東映」に移籍し、京都撮影所でお兄さんの萬屋さんと「殿さま弥次喜多」シリーズで共演するほか、美空ひばりさんとの共演を通して、スターとしての華やかさを身につけれていかれたそうです。, ただ、どうしても兄と比較されるため、東京撮影所へ移られると、「サラリーマン一心太助」(1962)などの現代劇に活路を見いだし、以降、テレビドラマや舞台にも積極的に出演されるようになると、近年では、NHK朝の連続テレビ小説「ふたりっ子」(1996)にも出演。, また、映画「いま、会いにゆきます」(2004)、「特別企画 終戦60周年記念 実録・小野田少尉 遅すぎた帰還」(2005)、「JNN50周年記念 歴史大河スペクタクル唐招提寺1200年の謎〜天平を駆けぬけた男と女たち」(2009)では、甥の二代目中村獅童さんとも共演されています。, そのほか、二代松本白鸚さん、二代中村吉右衛門さん、十一代市川海老蔵さん、十代松本幸四郎さん、松たか子さん、富司純子さん、七代尾上菊五郎さん、寺島しのぶさん、初代中村隼人さん、五代尾上菊之助さんらも縁戚にあたります。, 「萬屋錦之介の両親は?幼少期から叔父・初代中村吉右衛門に目をかけられていた!」に続く.